「不死の人」を書名とし、白水社の瀟洒な装丁の下、ボルヘスの著作が日本の書店に並んだ折、私たちは大理石のように凝固したこの作家の情熱を発見した。それは時間と記憶の堆積に支えられ、或いは逆に風化したかのような、観念の物語だった。そのボルヘスが編んだ世界文学の小宇宙「バベルの図書館」の第一巻が、書店に置かれていた。以前にも国書刊行会から出でいたシリーズの合本版のようだ。ページを開くと、ホーソーンやポーやメルヴィルの短編が並んでいる。アメリカ文学は、合理主義的価値観の奥底に隔世遺伝したかのようなヨーロッパの心の闇を隠している。その距離を、ボルヘスは異邦人に特権的な大胆さで掬い上げて観念の結晶に変え、その結晶をプリズムとして透過した光の行方から、「バベルの図書館」に収蔵すべき一冊を選んだのである。

 巻頭のホーソーンの短編「ウェイクフィールド」は、妻に委細を告げることなく家を出て、隣り合わせの通りに部屋を借り、人知れず20年以上を過ごした後、何気なく家に戻った男の物語である。そこには反復される日常から自明性が失われた時、人間が負うことになる虚無の大きさが軽妙に示されている。ホーソーンはそれを、「一見混沌たるこの謎めいた世界のさなかで、個人は見事に一つの組織へと調整され、組織は相互に調整されて、ついには一つの全体をなしており、ために人間は一瞬でも離れたら、永遠に持場を失うという恐ろしい危険に我が身をさらすことになる。ウェイクフィールドのように、いわば「宇宙の孤児」となるかもしれないのだ」と書いて、物語を了えている。 by びれいぽいんと店主

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