プルタルコス「英雄伝」が伝えるコリオラヌスの悲劇は「政治的なるもの」によって裏切られる英雄の物語である。 コリオラヌスの武功はローマに捧げられローマもまた高く顕彰していた筈が、民衆の反感が原因で失脚しローマを追放される。失意の武人に残された可能事は追放されたローマの外部からの反抗に尽きていた。
 後戻りできない決断の重さを、ベートーヴェンはハ短調で書かれた序曲コリオランの導入部で「ドー」の音のユニゾンに続く、思いを断ち切るかのような打撃音と総休止で表現し、これを3回反復させた。続く第一主題には心救われぬ企ての苦渋の必然があり、第2主題にはウォルスキ軍を率いてローマに攻めかからんとするコリアラヌスに翻意を促す為にローマが差し向けた母の言葉が、コリオラヌスの裡に喚起する慰撫の曲想がある。

 母の堂々たる説得をコリオラヌスは黙して聴いた。更に母が足下に伏して嘆願に及ぶと「母上、何をなさる」と抱き起し、右手を握りしめて「母上の勝ちです。祖国には幸せ、私には破滅となりましょうが。ただお一人の母上に負けて、私は去ります」(英雄伝,柳沼訳)と軍を退いた。そしてその言葉通りに、ウォルスキに謀殺されてコリオラヌスは果てたのである。
 ローマの政治的勝利を、プッサンはコリオラヌスを説得する母の背後にローマの女神を立たせる構図によって描いている。日本文学小史の三島に倣えば、コリオラヌスとは「武」「政」分離の文化意志に外ならない。以後「政」は民衆を操る技術として、個的な存在の真実の対極に位置する概念となる。 by びれいぽいんと店主

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