「BachのGrave」‥‥いつまでも鳴り止まない拍手に応えて、再び 指揮台の脇に立ったHilary Hahnが、そう告げた。 清楚と言っても良いその声の響きには権威あるヴァイオリニストの自負心よりも、自身にさえ測り知れない音楽の魅惑を聴衆に贈与する喜びがあった。大きな拍手が張りつめた静寂に変わり、無伴奏ヴァイオリンによるBachがサントリーホールに舞い降りた。
 6月7日、ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団の演目はメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトとブルックナーの8番で、ヤルヴィのブルックナーへの興味はあったものの、それ以上に客演するHahnのアンコールをこそ私は楽しみにしていた。Hahnが無伴奏ソナタ2番から私たちにプレゼントしてくれたGraveとAllegroによって、再生装置を通してのみ知っていた

その清冽な絃に、私は漸く出会うことができた。Bachの音楽の深みに一音一音全力で打ち込んでいく、たとえばクレーメルの演奏は勿論すばらしいが、Hahnの絃の響きには、Bachも思わず頷くに違いない。
 さてブルックナーは、フーコーが「言葉と物」で語った波打ち際の砂の表情のように消え去る運命にあるべき「人間」を一個の存在として重く引き受けた音楽家である。聖なる外部(不在の神?)への希求なくしては不可能な内的な生を生き、音楽は執拗なまでに祈りの動機に充ちている。そして交響曲8番が、凄まじいばかりの内的な戦いを戦い抜いた自負心と自己愛の物語であることに、ヤルヴィの音響表現を通して私は改めて気づかされたように思いました。  by びれいぽいんと店主

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