「頭文字D」(しげの秀一。1995年から漫画誌に連載。通称イニD)は、愛車を駆って峠を疾駆する「走り屋」たちを描いて熱狂的なファンを獲得し、テレビアニメや映画にもなった。
当時、既にバブル景気は崩壊していたが、堆積する金銭が解放した人々の欲望の影は世間に満ち、青年たちはその影を浴びながら、生きていた。
「頭文字D」は、そんな時代の周縁部とも言うべき群馬の「秋名山」近くの町で始まる。主人公の藤原拓海は、中学生の頃から
父親の指示で家業の豆腐屋を手伝い、毎朝4時、父の愛車である旧式のハチロクを駆って、「秋名山」の峠を越えて湖畔のホテルに豆腐を届けた。高校生になった拓海は、ダウンヒルにおいて、既にだれにも負けぬ技をもって、ハチロクを疾駆させ得た。
物語は関東一円の峠で技とスピードを競う「走り屋」の世界を描くが、描かれるのは、
ポジティブな自己実
現の軌跡でもなければ、美しい恋愛でもない。あらかじめ無垢の出発点を喪っている場所から、
彼らの心象風景は始まるのである。拓海との間で恋愛感情を育む茂木なつきには、ベンツの紳士との「援交」があり、「走り屋」たちはそれぞれに心の傷を、競い合うスピードへの意地を通して確認するばかりだ。しかし彼らは「世界の果てに立ち 裸で感じたい」(アニメ主題歌around the world)その希求の切実さを燃やすが如く生きていた。
無垢を喪失した世界を生きる者に、キリスト教なら原罪の観念を、カントの実践理性批判なら「自由」の起点となるべき判断力を、親鸞ならば他力への祈りを説くに違いない。が、物語は彼らの、blast my desire の裡へと回帰し続ける外ないのである
by びれいぽいんと店主
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