フィレンツェでは空港からの道行きアルノ川の流れが近づくにつれて辺りは古都の風景に溶け入り、ルネサンスの光とも闇とも知れぬ心象風景に心を彷徨わせた。
 パラッツォ・ヴェッキォには、フランチェスコ一世が自身の思想と宇宙観をヴィンチェンツォ・ボルギーニに託してヴァザーリらと作り上げた秘教的密室=ストゥディオーロがある。それは父であるコジモ一世の威令の象徴たる五百人の大広間とは対極的な空間であった。
 室内に窓は一切なく、半円筒型の天井から壁面にかけ謎めいた寓意画と彫像が埋め尽くす。天井の中央にはプロメテウスと裸婦が描かれる。ボルギーニはヴァザーリへの手紙に、プロメテウスは技術(芸術)の擬人像で女は即ち自然であると語っている。それは宇宙生成の根源としての男女の結合でもある。女は左手を延ばして荒削りな岩石のような物質を差出し、それを左手に火を持った

プロメテウスが右手で受け取るところだ。部屋の四面には自然を表す四元素(土,水,空気,火)が配されている。
 留意すべきは人為と自然の結合を宇宙生成の動因と捉える観念の枠組である。人間は既に被造物として確定されてある世界に囚われるだけの存在ではなく、世界の創造自体に関わり得るとの思想を、フランチェスコ一世のストゥディオーロは表現している。寓意画を描いた板絵の裏側には、その象徴的意味に因んだ秘蔵物の収蔵庫が隠されており、ストゥディオーロは自らが錬金術師でもあるフランチェスコ一世の生の実践の場でもあった。かかる思想的空間は既にジョルダーノ・ブルーノを胚胎し、その忘却に伴う近代の物質的成功と観念的世界の貧困化をも運命づけていた。by びれいぽいんと店主

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