廃車の解体所に捨て置かれていたS30 Zとの運命的な出会いが、アキオを数奇な走りの日々へと向かわせる。その日々を、「湾岸ミッドナイト(楠みちはる著」は、車に対する主人公の趣味的な思い入れの深まりとしてではなく、先ずはS30 Zの走りを偶像化し、アキオがそのインカーネーションと化すに至る挿話として描いた。
 だから、アキオに関わる人間の多くは、挿話の要素ではあっても、物語の展開を生成し得る自立した人格としては存在しない。S30 Zとアキオの走りのリアリティは首都高のバトルステージに内在し、走りの限界に向かう無償の行為を共有する意識によって支えられている。 また、バトルを成立させ、アキオと周囲の人間たちの時間と富を吸収する媒体でもあった911やGTR等は、エンジン、ボディ、CPUその他のチューニングの具体性によって、物語にリアリティを提供している。

 「悪魔」と称されるZの走りに、アキオは語りかける。「命をけずるようにお前は走る」と。「認められるコトを拒否し、群れることを嫌がる」走りの化身たちがZとアキオの周囲に現れては去っていく。「それはいつも一瞬でわかってしまう」からだ。Zの走りを首都高に繋ぎとめる憑代たる、930ターボ=ブラックバードは措いて。
 偶像化されたS30 Zの走りへの帰依は、儀式としてのバトルを成立させるに至る無償の行為として確認され、またそれは各挿話を通じて反復する。その同型性は1957年のカンディンスキーのCubes(デリエール・ル・ミロワール誌に掲載)を想起させる。PORSCHEの名を初めて冠した356は、その少し前1948年に誕生している。
by びれいぽいんと店主

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